【鉄軌道と転車台 横浜象の鼻パーク】明治の転車台跡を見よう!

鉄軌道と転車台 横浜象の鼻パーク

今回は、象の鼻パークにある鉄軌道・転車台跡をご紹介します。

明治から大正にかけて使われていた鉄軌道と転車台とのことですが、関東大震災で被災し、その後は、埋め立てられて、その上に倉庫が作られたそうです。

象の鼻パークを作るために整備工事をしたところ、鉄軌道と転車台が発見されたため、鉄道遺跡を紹介するエリアが作られたとのことです。

象の鼻パークの鉄軌道・転車台のご紹介

アクセス

象の鼻パークの転車台

象の鼻パークは、赤レンガ倉庫から山下公園に行く途中にある公園で、鉄軌道・転車台跡は赤線で囲われた場所にあります。

日本大通り駅から徒歩2分くらいの距離にあります。

象の鼻パーク

象の鼻テラス(象の鼻パーク)

象の鼻パークは、象の鼻の愛称で呼ばれていた横浜で一番最初に開港された波止場の周辺を整備し、2009年に横浜開港150周年を記念してオープンした新しい公園です。公園と言っても、子供が遊ぶ遊具はありませんが、カフェも併設されている無料休憩スペースや、芝生広場が広がっています。

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目の前には、大さん橋ふ頭やベイブリッジなどが広がっていて、とても眺めの良い場所ですよ。

写真ではわかりにくいかもしれませんが、大桟橋ふ頭の手前にある堤防がゾウの鼻の形に似ているため、象の鼻という愛称がついたそうです。

鉄軌道・転車台跡

鉄軌道と転車台 横浜象の鼻パーク

鉄軌道・転車台跡には、転車台とその周りにある転車庫のように形をした壁が立っています。ただし、この場所に大規模な転車台と転車庫があった訳ではないです。

鉄軌道と転車台 横浜象の鼻パーク

実際は、縦に4つ連なっている転車台と鉄軌道が見つかっており、直接は触れませんが、ガラスの下の転車台を見ることができますよ。

転車台

明治30年代の地図の点線で囲われた場所になります。他にも、荷役用にたくさんの鉄軌道があったようです。

鉄軌道と転車台 横浜象の鼻パーク

写真ではわかりにくいですが、転車台の場所に解説も書かれていますよ。

鉄軌道・転車台の歴史

鉄軌道と転車台 横浜象の鼻パーク

明治33年に発行された横浜税関一覧の付図には、横浜税関の上屋や倉庫の背後に、縦横に走る鉄軌道やその交差部に設置された転車台(ターンテーブル)が描かれています。右の図に示されているのはが象の鼻パークの整備工事中に発見された4連の転車台です。

これらの鉄軌道や転車台は、おおむね明治20年代後半に整備されました。明治40年代の写真には、鉄桟橋(現在の大桟橋)方面に向かって敷かれた鉄軌道、転車台、鉄軌道の上を走る台車状の車両が写っています。

鉄軌道の幅員は、1.06mあり、日本の一般的な鉄道の車軸は場と同じです。

また、転車台は、鉄部の直径が約2.5mありました。この大きさでは回転できる規模も限られることから、発見された鉄軌道は敷地内で荷役作業を行うために設けられたものと考えられます。

当時の工事記録によれば、当初は、鉄桟橋からの鉄軌道は横浜税関内を通って、海岸沿いに大岡川河口部に至り、横浜停車場(初代の横浜駅、現在の桜木町駅)に連結する計画で会ったそうです。

 

次のページでは、インスタグラムの写真をご紹介します。

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2017-05-09

施設概要

施設名鉄軌道と転車台(横浜像の鼻パーク)
住所中区海岸通1丁目
料金無料
公式サイトhttp://www.city.yokohama.lg.jp/naka/sighthist/etizu/05.html
※記載内容が変更されている可能性があるので、最新の情報は公式HPや電話にて、ご確認お願いします。また、訂正すべき点がございましたら、お手数ですが、info@d-c-m.jpにメール頂けると幸いです。

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