【山角天神社 小田原】通りゃんせの歌の発祥の地。瓜生大将の銅像も

山角天神社(小田原)

今回は、小田原城近くにある神社『山角天神社』をご紹介します。

学問の神である菅原道真を祀っている天神神社で、境内には、日露戦争で活躍した瓜生海軍大将の銅像が置かれています。また、『通りゃんせ』という童謡の発祥の地であるとも言われており、境内には、歌の碑が置かれています。

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山角天神神社のご紹介

山角天神神社へのアクセス

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二宮報徳神社や清閑亭に続く道の角に、山角天神社があります。

対潮閣跡(秋山真之終焉の地)

また、山角天神社がある通りには、日本海海戦の作戦を立案した秋山真之の終焉の地だった対潮閣跡がありますよ。

山角天神社(小田原

階段を上って境内に向かいます。

山角天神社の説明

山角天神社(小田原

地元の人々から『天神さん』と親しまれている山角天神社は、菅原道真を祭神とする神社で、毎年1、5、9月に例大祭が開かれます。

山角天神社の創建年代は古く不明です。別当威光山長教院三光寺がありましたが、明治初年廃寺になりました。

ご神体は木造で、高さ32cm、台座6cm。裏に、『永禄4年極月吉日』とあります。

山角天神社には、北条氏康が奉納したという別当三光寺の什宝『藤原道真画像』があり、画像には、俗にいう『いかり天神』の姿です。

また、境内には、紀軽人狂歌碑、芭蕉句碑、瓜生海軍大将之像があります。

社殿

山角天神社(小田原

桜の木やつつじの木に囲まれて先に、境内がありますよ。菅原道真が御祭神なので、子供が一緒にいる人は、報徳二宮神社とともに、山角天神社に参ってみては。

瓜生海軍大将之像

山角天神社(小田原

瓜生外吉は、米アナポリス海軍兵学校を卒業。日露戦争の仁川沖、蔚山沖、日本海の各海戦で活躍し、1912年に海軍大将に昇進しました。

後年は、婦人繁子(日本初の女子留学生)とともに対米民間外交、親善に尽力しました。

ここから西に200mほどの高台に別荘を設けた外吉は、誠実な人柄が市民に敬愛され、海を眺めての小田原の生活をこよなう愛しましたとのことです。

通りゃんせの碑

山角天神社(小田原

山角天神社は、童謡『通りゃんせ』の発祥の地と言われている神社で、境内には、歌の碑が置かれています。

歌の碑

松尾芭蕉の碑

山角天神社(小田原

こちらの碑は、1820年に建てられた碑で、『有米家可耳 乃都登 日能伝る 山路閑難』という松尾芭蕉の歌の碑が置かれています。

紀軽人狂歌碑

山角天神社(小田原

紀軽人が詠んだ歌で、『月はさす花は いたたく酒宴を 雪より外に つもりてはなし』という碑です。

紀軽人は、一流の狂歌師となり、多くの作品を発表しています。小田原に帰ってからは、多くの門弟を育て、この地方に狂歌を広めたそうです。

解説

山角天神社(小田原

境内社

山角天神社(小田原

遊具

山角天神社(小田原

境内には、昔ながらの遊具が置かれていますよ。

施設概要

施設名

山角天神社

住所 神奈川県小田原市南町1ー5ー37

アクセス小田原駅より、徒歩18分
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